所長あいさつ
新たに設置されたJICA研究所の所長として、世界の開発潮流をどう見るか、その中でJICA研究所の任務を何と考えるかを述べてみたいと思います。
開発については、80年代後半から90年代にかけて市場中心主義的なアプローチが強くなる一方で、弱者の潜在能力の向上、貧困削減目標の設定や「人間の安全保障」の重視といったアプローチが取られるようになりました。しかし最近は市場経済が必ずしも継続的な成長を保障しないこと、リソースをめぐる競争を激化させることで政治的不安定(時には武力紛争)をもたらす場合もあること、地球環境の保全を進められないことが明らかになってきました。2008年に発生した世界経済危機は、自由主義経済の行き過ぎに警鐘を鳴らすもうひとつの出来事です。その結果、市場の機能を補完する仕組みを真剣に考えるべきだという声が高まっています。
インフラ整備は民間任せではなかなか進みません。さらに、インフラや生産設備を持続的成長や人々の生活改善につなげるには、人々が生産過程に生産的に参加できる身体的・知的能力と技能を身につける必要がありますし、政府機関は生産現場と連絡を取りながら効率的な行政を担わなければなりません。さらに社会的な組織やネットワークをはぐくむことで生産やマーケティングや環境保全を助けることも重要です。こうした人的・制度的・社会的能力を育成することはキャパシティ・ディベロップメント(CD)と呼ばれますが、技術協力と資金協力が一体化した新JICAは、インフラ整備や技術導入とCDに同時に取り組むことで、支援事業の効果を高めることを期待されています。JICA研究所でも、インフラ・技術協力とCDのシナジー効果を分析することが重要な課題の一つになります。
アジアは発展途上地域の中で、インフラ整備・技術支援とCDの相乗効果が最もよく働いた地域だと考えられます。従ってアジアの経験を注意深く分析することで、アフリカなど他地域が参考にできる点があるかを探ることも必要です。もっともアジアが政治的に比較的安定した地域だったのに比べて、発展途上地域の中には武力紛争が続いたり政変が多発したりしている地域もあります。政治的な秩序のない所では、CDを考えることすらできません。まず紛争を終わらせ、紛争の再発を防ぐことから考えなければなりません。JICA研究所は紛争予防や平和構築についても研究します。
このように申しますと、JICA研究所は「百貨店のようで何が特徴なのか分からない」とおっしゃる方が出るかもしれません。しかし発展というのは、本来複合的な現象であって、経済、政治、社会の諸側面にわたって同時に進んでいくものです。それを分析する研究が複合的になるのは当然のことなのです。JICA研究所はまた、学界で蓄積されてきた知見と、旧JICAと旧JBICが蓄積してきた経験を組み合わせる研究を目指します。学術的に堅固な根拠に基づく分析結果を、JICA自身の事業を含む国際協力の営為に生かしていくことが目標です。
私たちは、常に国際協力の現場に目を向けた複合的かつ学術的研究という困難な仕事を引き受けることで、日本の、ひいては世界の国際支援事業に貢献したいと思っています。
独立行政法人 国際協力機構
JICA研究所所長 恒川惠市

